愚者

あるところに、有名な音楽大学を出た作曲家がいた。

彼の家は代々著名な音楽家を輩出してきたということで、
当然彼も小さな頃から英才教育を受けていた。
ひたすら楽器や楽典を教え続けられ、
5才の頃には大人顔負けの曲を作ることで評判となった。
それがさらに拍車をかけ、
彼はいつしか国で一番の音楽大学を卒業するまでに至った。

また今日も、町中のカフェの扉を開く。
「いらっしゃい、今日も煮詰まってんのかい?」
「あぁ、そうなんだよマスター。いつものコーヒーお願い」
ため息を一つついて、彼は窓際のテーブルに向かった。


(駄目だ、何かが違う)
このところ、彼はいわゆる「スランプ」に陥っている。
これまでにも「いい曲が浮かばない」ということはたくさんあった。
しかし、今回は違う。
根本的に「全く曲が書けない」のだ。

「はいよ、いつも通り砂糖は多めにしといたぜ」
角張って固い指と共に、コーヒーを差し出された。
苦いコーヒーを思いっきり甘くして飲む。それが大人びた彼の、不釣り合いな趣味である。
「いつもありがと、マスター。しばらくここ、借りていい?」
「もちろんとも。俺とお前さんの仲じゃねぇか。あんまり考えすぎんじゃねぇぞ」
がっはっは、とマスターは気前よく笑って、カウンターへと戻っていった。

コーヒーを一口すすって、彼は考え始める。

(今までこんな事は一杯あったはずだ。なのに何で今はこんなに書けないんだ?
良い曲とか悪い曲とか、そんな問題じゃない。そもそも書く曲全てに違和感がある。
どんな曲を書いたって、俺の心は揺さぶられないんだ。

何一つ、そう何一つとて理論に反していないはずなのに。それなのに、どうして!)
テーブルを思いっきり拳で叩く。
「おいおい、しっかりしてくれよ大将」「ご、ごめん。ついつい高ぶってしまって…」
マスターはやれやれと首を横に振って、皿洗いをもう一度始めた。

コーヒーをまた一口すすって、今度は窓の外を眺める。
春口の日差しは優しい。まるで干したての布団にくるまるかのようだ。
目を町中に移したその途端、彼のコーヒーをすする口が止まった。
(子供が、のんきに遊んでる…)

外では子供が母親と楽しそうにボールを投げ合っている。
建物の中でも、その笑い声はかすかに聞こえてくるぐらいだ。
何だか彼は不快な気持ちへとなってきた。

彼は子供が嫌いだった。特に子供の遊ぶ姿を見るのが大嫌いだった。
(俺に、子供時代に楽しく笑った記憶など無い。お袋と遊んだことなんて、本当に一度も無い)
それは幼い頃から遊ぶ暇もなかった彼故の感情だった。
彼は、小さい頃の楽しい記憶など何一つ持っていなかった。

胸につかえる感情を流すかのように、一気にコーヒーを飲み干す。

(俺は生まれてからずっと、全てを捨ててただひたすら音楽を勉強させられた。
俺はずっとずっとそれが幸せだと思いこもうとしてきた。
でも、本当に俺は幸せなんだろうか。こんな風に生きてきたのは、本当に幸せなんだろうか?)

彼の思考は高ぶり続ける。

(確かに俺は音楽が好きだ。俺の生き甲斐なんだ。だから、ここまで勉強を続けることができた。
でも、今曲を書いているのは、所詮「書かされている」だけなのではないか?
周囲の期待に応えるためだけに、俺は曲を書かされているんじゃないのか?
肩書きとか家柄とか、そんなものに急かされて曲を書かされてるんじゃないのか?
結局のところ、俺は「書けない」んじゃない。そこまでして「書きたくない」んだ!)

「あ、いらっしゃい。ちょっと待っててなー、今皿片づけるから」
はっと顔を上げると、そこには先ほどの親子がいた。
「先に水をもらえますか?この子、喉が渇いちゃったみたいで」
子供の方に、先ほどのような元気はなく、なんだか疲れた顔をしている、
親子は手を繋いで、彼の隣の席に座った。

親子から目をそらすかのように、彼はマスターの方に目を向ける。
マスターは楽しそうに、棚からコップを取り出して水を入れている。
怖い顔の大男が楽しそうにやっているところは、なんだか不釣り合いで可笑しい。
(確か、マスターは漁師をやっていたんじゃなかったかな。
それを突然止めて、以前からやりたかったカフェを始めたんだったな。
色々大変だったろうけど、とても楽しそうにいつもやってる…)

「はいよー、お嬢ちゃん。お待ち遠様」
マスターが満面の笑みで子供に水を差し出す。
それを子供は幸せそうに飲み干し、「おかわり!」と元気よくいった。
「すいませんねぇ、よっぽど喉が渇いていたみたいで」
「なーに、これぐらい元気がある方がいいですよ、子供は」
マスターはがっはっは、と笑って、また水をくみに行った。

その時だった。満足した子供が、聞いたこともない曲を歌い始めた。
彼はがばっと振り返り、母親に尋ねる。
「すいません、この曲は、誰が作ったんですか!」

母親は笑いながら答えた。
「この子ですよ。時々自分で作っては歌っているみたいなんです」

その曲は、彼の知識からしてはとても理論的とは言えなかった。
だが、その曲は彼の心を揺さぶった。まさしく彼が探していた、心を揺さぶる曲だった。
(そうか、理屈じゃなかったんだ。肩書きでも家柄でもなかったんだ。
ただ「楽しんで」書けばよかったんだ。周囲も何も、気にする必要はなかったんだ)
「マスターありがと!お金は今度払うから!」
彼は慌てて家へと駆け出していった。
(ようやく掴んだか…)マスターは微笑んで、コップに水をくみ始めた。

無知とは、時にいかなる知識にも優る。

ある町に、優れた学歴を持った音楽家がいたという。
彼の音楽は、他の優れた音楽家とは違って、理屈を越えて心に伝わる「素直」なものだったという。
彼は、抑圧された子供時代を大人になって取り戻し、
死ぬまで子供の心で生き続けたという。


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆

久しぶりに小説を書いてみました。テーマは「愚者」です。
おかしいところがないか、ちょっと不安ですね^^;
感想をいただければ幸いです^^

基本的な意味

「自由」
素直・無邪気・個性・感性・楽天・ 冒険・etc…

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